“なぜ私は生きているのか”
“なぜ私は仕事をしているのか”
最近読んだ本で、これを説明できない人が多いって書いてあって、確かにな、私もや、と思ったみさとでございまる。
“365日、唯一一緒にいる”自分自身”のことを説明できない、理解していない。”
とてもぐっとくる言葉でした。
もうこれ以上何を書けばいいのか分からなくなるくらいです笑
なぜ、を私なりに考えて書いてみました。
・なぜ私は生きているのか
終わりがあるから。命って与えられた時間だと思うから、与えられた限りある時間を、私の宝物にするために生きています。私の人生は私の宝物。
(松浦弥太郎さんも最近インスタのミニエッセイで命とは時間だって書いてて、ちょっぴり嬉しくなった笑)
・なぜ私は仕事をしているのか
私と出会えてよかったって思ってもらえることが生きがいだから。運動って人生を変える力があるし、運動すれば大体のことはなんとかなるって本気で思ってる。そんな運動の持つ力を伝えて、その人の人生がさらに楽しいーとか、運動してよかったーって思ってもらえたら嬉しいからトレーナーをやってる。私に出会ってから運動が好きになったって言ってもらえることが本当幸せ。
そしてもう一つ自分なりに考えたことがあります。
・私はなぜトレーニングをし続けるのか
それは、自分が自分としているために必要なことだから。食べること、寝ること、と同じくらい私が生きていく上で絶対必要なこと。
そして感じたことのない気持ちを感じたり、まだ出会ったことのない自分自身にも出会える。
素直な気持ちは、動き続けてるっていう安心感があるからかも。
こんな感じです。全然まとまってないけど、今の私なりに書いてみました。結構難しかったし、たくさん考えました笑
考えても、考えても、最初はオブラートに包まれたような、言い訳のような、遠回しな言葉しか出てこなかった。だから何度も書き直しました。
また数年後は違う考えになってそう。
自分ってむじー。そしておもしろい笑
自分以外のことに対する”なぜ”は、本を読んだり、勉強したり、携帯で調べればすぐ答えが分かるけど、自分のこと対する”なぜ”はどこをどう調べても出てきません。
さすがのグーグル先生に聞いてもたぶん出てきません笑
「OK グーグル、みさとが生きる理由とは」
「スミマセンガ、ヨクワカリマセン。自分デ考エテクダサイ。」って言われそう笑
自分自身に聞いて、自分自身で考えるしかない。
これも嫌いじゃない作業。
みさと